イベント情報 ブログ「四季折々」 最新情報

第五回TATARA部「なになに?TATARA研究会」 2019.7.14 掛合まめなかセンター

投稿日:

7月14日日曜日、13時より雲南市掛合町塩ヶ平温泉まめなかセンターにて研究会をおこないました。

庄原市教育委員会の稲村秀介氏からは「砂鉄以前の製鉄って?」。庄原市の常納原遺跡から出土した鍛冶遺構より鉄鉱石が出土したことについて。これは昨年の「雲南たたらナイト」で木次町平田の弥生時代の鍛冶遺構の話(出土した鉄材は朝鮮半島からの輸入物を使用したことなど)をさせて頂きましたが、常納原遺跡はそれより後の6世紀後半のもの。しかも、スカルン鉱床で採掘された鉄鉱石を使用し、鍛冶をおこなっています。スカルン鉱床は、庄原市内では神石高原町との境に聳える御神山周辺に鉱床があります。一方、同時期に広島県世羅町では砂鉄と鉄鉱石を併用したたたらをおこない、山陰側では砂鉄による製鉄が始まります。砂鉄に移行させたのは、どんな人物なのか?昨年の議題から繋がる興味深い発表でした。

島根大学名誉教授・小池浩一郎先生の発表は「たたらの炭は、何の樹を使うのか」。たたらで使用する炭の原理は、実は木材が焼ける理論に起因します。すなわち、木材はリング状に外側から「チャーとなり燃焼する部分」「熱分解する部分」「乾燥する部分」という状態で燃え、炭となります。実はこれがそのまま大炭釜(たたらの炭を焼く釜)の理論に当てはめられているからこそ、炉内の還元率の高いたたらの炭は燃えきっていないものを使用するのです。

また鉄山秘書に登場する「槙」とは、コナラである、と小池先生。この発表後の質疑応答では、各地の史料をふまえ、燃焼率の問題ではなく、幕末たたらの原材料確保が大変だったからこそ、ブナ、マツをたたら炭に利用せざるをえなくなったのでは?とさらなる考察へ発展しました。

松江工業高等専門学校・鳥谷智文先生からは「吉田村五人組規約・同村矯風規約にみえる人々の暮らし」。明治32年(1899)から大正8年(1919)までに村民に対して出された生活に関する規約なのですが、当時の吉田における人々の暮らしぶりが浮かんでくる面白い資料です。たたら製鉄の地・吉田では文明開化とともにどのような花が咲いたのか、吉田の夜何が起こっていたのか、・・・、思わず研究会の参加者も笑って聞いてしまいました。明治時代にこの地がそれだけ経済的に豊かだったのか・・・この資料の詳細は、山内総合文化調査の報告書をお待ちください。

 

最後にディスカッション。過疎化高齢化の地にある文化施設は文化財を持ち腐し、閉館に追い込まれています。雲南市吉田町においては、ふるさと創生や地域間交流事業を始めて30年、それで結果はどうだったのか、文化施設の現状はどうなのか、問題点など含め、弊財団小原よりご説明させていただきました。しかし、地域住民と外部研究者がタッグを組み、うまく機能させている事例が同じ島根県内にはあります。ならば現状から仕組みを変え、企画展をひとつのきっかけとして何が私たちでできるのか、試みてみませんか?とアイディアを募りました。

 

次回の研究会は2月9日(日曜日)を予定していますが、その前に8月5日(月曜日)れきはく探検などさまざまな試みを実施いたしますので、ぜひご参加ください。

-イベント情報, ブログ「四季折々」, 最新情報

Copyright© 公益財団法人 鉄の歴史村地域振興事業団 , 2019 AllRights Reserved.