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「雲南たたらナイト」第4回「山内むかしむかし」のご報告

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雲南たたらナイト第4回「山内むかしむかし」

日時:平成30年8月11日(土)19:00~ 場所:菅谷たたら山内元小屋 人数:12名

雲南たたらナイトとは、たたらなど地域の歴史や文化をテーマに設けて自由におしゃべりをする座談会です。

第4回目は雲南市吉田町の菅谷たたら山内・元小屋で開催しました。
今回は昨年度より実施しております山内総合文化調査の概要と、その調査の中でどのようなことがわかってきたのか、弊財団小原よりご報告させていただきました。

まず現地調査ですが、昨年4月に菅谷たたら山内の石造物など山内住民の意識的な境界線、および明治以降の畑作地や鉄穴流し跡、火葬場、墓地、水車跡の状況を確認しました。思った以上に山内は広く、畑作地に関しては住居隣接地のみならず、萱ノ、鉄穴谷の小高い山間部に及びます。墓地については、江戸後期の墓石が住民の手によってきれいに整理されており、見慣れない名字の墓石が多く現存していました。

これら現地散策に基づき、高殿内の住民に聞き取り調査を並行実施したところ、第二次世界大戦中の出雲製鋼株式会社によるたたら操業に参加されていたことがわかりました。

そして、資料調査は米蔵に所蔵されている文書類の内容確認と目録修正を現在も継続しておりますが、その中から新たに明治後期と思われる山内図や出雲製鋼株式会社関連の史料など大変貴重なものが発見されました。これまで山内には鍛冶場がないと考えられていましたが、明治後期においては萱ノに鍛冶場があったこと、金屋子神の祠が現在の祠よりも高い位置に勧請されていたこと、共同風呂の場所も年代によって移動していることなど、絵図から判明しました。

もうひとつ大きな発見だった出雲製鋼株式会社関連資料ですが、現存する史資料により年表を作成し、出雲製鋼株式会社が設立された背景、操業に至る経緯、販路と撤退など史料や聞き取りから分かったエピソードをまじえお話しました。現在鉄の未来科学館で企画展を開催しています。ご興味ある方は、ぜひお立ち寄りください。参加者からも多くの質問がありました。どうして1年数か月しか操業しなかったのかなど、意見もたくさんあがりました。

出雲製鋼株式会社関連史料の発見は、菅谷たたら山内のみならず中国山地の「近代のたたら」研究において、新たな第一歩を踏み出すことができるほど大きな発見でした。今後は関係する各自治体各団体と連携を取りながら、更なる調査研究をすすめていきたいところです。

 

最後に、毎回ご参加されているTさんより、地域の蔵を解体したときに出てきた鉄材を見せていただきました。いつの時代につくられたものだろうか?何のための道具なのか?どうやって加工されたのか?などなど、参加者みなさん体を乗り出して熱心に見られていました。

 

今後の山内総合文化調査は、菅谷たたら山内を個別事例として捉え、各分野の調査者で「今必ずやっておかなければいけないこと」をピックアップして、早急に動きださなければいけません。史資料の根拠や「行為」としての民俗事象を押さえ、調査を深化させていくことが必要となります。引き続きご協力の程よろしくお願い申し上げます。

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