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「雲南たたらナイト」第3回「出雲國風土記とたたら」のご報告

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雲南たたらナイト第3回「出雲國風土記とたたら」

日時:平成30年7月21日(土)19:00~ 場所:波多交流センター 人数:12名

雲南たたらナイトとは、たたらなど地域の歴史や文化をテーマに設けて自由におしゃべりをする座談会です。

第3回目は雲南市掛合町の波多交流センターで開催しました。
今回は雲南市教育委員会文化財課の志賀崇さんを講師にお招きし、導入として『出雲國風土記』の概要と、その中に記載されている製鉄についてインプットしました。

堂ノ原鈩の地図を使いながら、地元の方からお話を伺いました。夏休みの小学生も参加されました。

 

『出雲國風土記』の中で飯石郡条については砂鉄産出に関すること、仁多郡条には鉄の品質に関することが記載されています。製鉄に関する記載は飯石郡と仁多郡についてのみで、どちらの郡も現在の雲南市域に該当します。
以上の話を踏まえた後、前回話題になった島根県最古級のたたら遺跡・同掛合町域の羽森第3遺跡の概要、そして波多地区から現出雲市佐田町大呂の堂ノ原(堂ヶ谷ともいう)鈩の概要説明となりました。

堂ノ原鈩は藩政期旧広瀬藩に属しており、寛政4年(1792)頃操業が始まったといわれていますが、操業当初については詳細が分かっていません。しかし、文化8年(1811)以降は能義郡布部村の家嶋家、石見国安濃郡の有力者、田部家と田儀櫻井家の共同経営など経営体制の変遷が史料より確認できます。

このように、吉田の菅谷鈩とは違い、経営者が何度も変わった堂ノ原鈩ですが、山内の職人やたたらや鍛冶の神事に関わる神職は動きがないため、今後史料調査を進めていくことで新しい発見が期待できると思われます。

志賀さんのレクチャーだけでなく、堂ノ原鈩があった柄栗(からくり)集落のみなさんから、たたらの名残で現在も確認できることをお聞きし、地図を用いながらアウトプットしていきました。水屋跡や高殿の石垣、山内上の金屋子神、山の神、愛宕さんなどが現存していることもわかりました。また戦後、山内の建物を企業が炭倉庫に使用していたこともわかり、当時山内の屋根がどのようなものだったのかも聞き取りができました。

最後に、弊財団小原より、波多神社所蔵嘉永2年(1849)書写『出雲神代神楽之巻』の内容などを紹介させていただきました。この史料は、現在雲南市南部や飯南町で演じられている奥飯石神職神楽とは様相の異なる内容で、江戸時代当地でどのような神楽が演じられていたのか知ることができる大変貴重な史料です。詳細は9月、鉄の歴史博物館でおこなわれる中国地方神楽研究会(非公開)で改めてお話させていただきます。

今回の成果を弊財団、行政、そして地域住民の皆さんと共有し、引き続き波多の歴史を探る活動をおこなっていきたいと思います。また、地域の方の中には昼間にやってほしいという意見もいただき、新たな企画も考えていこうと思っております。これからもご期待ください。

次回は8月11日土曜日19:00~吉田地区の菅谷たたら山内・元小屋で開催予定です。

昨年度より実施しております山内総合文化調査でわかってきたこと、そして現在鉄の未来科学館で開催中の「第二次世界大戦とたたら製鉄 出雲製鋼株式会社」に関する内容などお話しさせていただきます。

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